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プラチナの歴史について 01

2020年10月12日

プラチナの歴史について 01

 

世界的人気の婚約指輪・結婚指輪といえば「俄(にわか)NIWAKA」、失敗のない婚約指輪と後悔しない結婚指輪を見つけるなら国内屈指の信頼の専門店で!と評判をいただいています「1級ジュエリーコーディネーターの指輪店.ビジュトリーヨシダ」です。

岐阜と北尾張地区で唯一の正規取扱店として、京都生まれの「俄(にわか)NIWAKA」を販売して26年、全国41都道府県からのご来店オーダーに感謝いっぱいに、指輪とダイアモンドのスペシャリストがベストな指輪選びのお手伝いをします。おふたりも「ピッタリ」「しっくり」「うっとり」な指輪を見つけてみませんか。

あらためまして、みなさまこんにちは。広報サポーターのスティファニーです。

今回よりプラチナの歴史についてブログを書きたいと思います。

最古のプラチナ使用は古代エジプトにまでさかのぼり、ファラオの装身具に使われたとされています。現存する最古のプラチナ製品は「テーベの小箱」(ルーブル蔵)と呼ばれる化粧入れで、第25代王朝(BC720~656年)のテーベ王の娘で高位神官のシュペヌペット1世の墓から出土品です。この小箱には、一方の面は金、もう一方の面には銀を象嵌した象嵌の一つが、プラチナだったのです。一方、南アメリカでは、紀元前後からインディオたちが高度な精錬、冶金、鍛造の技術を使い、純度80%以上のプラチナ装身具を作っていました。融点が最も高い金属プラチナの熔解を始めとする加工技術がヨーロッパで確立したのは、18世紀後半のことですから驚異的な事実を言わざるを得ません。

そのようにプラチナの豊富な南アメリカを領有したスペインでしたが、コンキスタドールたちはこの融けない銀をいみ嫌い、厄介物として捨てていました。その彼らが呼んだ蔑称「小粒の銀=プラチナ」が、皮肉にも最も高貴な貴金属の名称となったのです。

18世紀に入ると、プラチナは堅く閉ざしていた神秘のベールを徐々に解き始めます。スペイン王カルロス3世は科学者シャバノーに精錬技術を研究させ、得られた高純度のプラチナで聖杯を作らせ、ローマ法王ピウス6世への献上品としました。カルロス4世ともなると、黄金の間を凌ぐため、アランフェス宮殿内に「プラチナの間」を作らせたほどでした。18世紀のヨーロッパ各国は競ってプラチナの精錬、冶金、加工の技術を探究し、その成果が最も花開いたフランスで、ルイ16世専属の金細工師ジャネティは様々なプラチナ製の装飾品を作りました。その一つのプラチナ製砂糖壺は、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されています。そして、21世紀の今も婚約指輪と言えばプラチナでありダイアモンドです。当店では過去に幾多のブランドのプラチナリングとダイアモンドを扱いましたが、史上最高傑作とお伝えできるのが俄独自のプラチナと俄ダイアモンドです。

俄は、京都で1200年以上の歴史を持っていてそこから発祥していった日本古来の文化や伝統美術工芸などをインスピレーションしております。また、指輪のプラチナだけでなくリングケースなども俄ダイアモンドの特徴を生かすための「和」そのものです。このような特徴もあり、俄は世界中の花嫁から選ばれています。理想的な婚約指輪や結婚指輪・セットリングをご希望の方は、どうぞ「1級ジュエリーコーディネーターの指輪店、ビジュトリーヨシダ」にご相談ください。ご来店の際には混雑を避けていただきたいので、事前に空席確認をしていただければ幸いです。

 

NIWAKA俄正規取扱
1級ジュエリーコーディネーターの指輪店
.ビジュトリーヨシダ®

SINCE 1981

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